インストラクターというお仕事2

さて、楽器メーカー営業での仕事ですが、講習の他、楽器販売店店頭でのデモンストレーションやセミナー、さらに販促用のコンテンツ制作などやっていました。

キーボードが弾けない人なので最初はFM音源やMIDIのセミナー中心でしたが、ウィンドコントローラーのWX7が出てからはデモ演奏の仕事が増えて行きました。
元々管楽器吹きだったので、苦もなく扱えたのが大きいですね。

バックはXシリーズと呼ばれたデジタル楽器群で固め、予めシーケンサーに打ち込んでおいたカラオケを流して颯爽と演奏、というスタイル。
□の曲なんぞやろうものなら、エレクトーンの先生がワラワラと集まってきましたよ!www(゜∀゜)

支店エリア内といっても結構広く、あちこち出張できるので結構楽しかったですね。
ウィンドコントローラーをガチで扱えて、かつデジタルものに詳しい人はかなり限られていたので、隣の支店からも声がかかって遠征したこともありました。

稼いだお金でそのうちセルマーのソプラノ買ったりしましたが、これが後に東京キー局での仕事に繋がって行きます。
しかし約10年後、脳神経の病気を発症。結局それが元で管楽器も手にしなくなりました。
それらの話もそのうち。

インストラクターというお仕事1

DX7購入後、後を追うように発売されたCX5というコンピュータと周辺機器等一式も購入しました。
鍵盤を殆ど弾けないのでこれが無いとまともに音楽も作れません。

しばらくはバンドスコアを買っては打ち込み、という繰り返しで、ある程度できたら楽器店に持って行って聴いてもらったりしていました。

そしてDX7を購入して1年後くらいでしょうか、楽器メーカーの人から「ウチで仕事してみないかね?」とスカウトされ、二つ返事で受けてしまいました。
ここだけの話、当時R社のシンセとか結構好きだったのですが(ry

さて、最初のお仕事ですが
楽器店のLM担当者にMIDIを教える
マジかよ!20歳の若造がそんなことしていいのか?
確かにYRM-15(打ち込みソフト)にはMIDIのベタ打コマンドがあって sm=xxx を並べて行くとメッセージが作れるので好き放題やってはいたんですけどね。

教えること自体は何とかなるかなぁとは思ったのですが、1日でやるというのは今考えても無理ゲーでしたwww
専門学校で教えてた頃は、16進数やらハードウェアの仕様も含め 90分 x 10 がギリギリのカリキュラムだったからなぁ。
早い話、約半分の時間で何とか汁と(・ω・ ;)(; ・ω・)

そもそも当時の楽器店の方は、シンセサイザーとかデジタルに縁遠い人が大半だったこともあり(だから講習やるんだけど)、超難解な講習として語り継がれるようになったとか\(^o^)/
むかーしむかしのことじゃったぁ。

その後専門学校でMIDIを基礎から教えたり、MIDI検定に関わるようになるのですがその話はまた後日。

YAMAHA DX7

1983年の話です。
バイトして20万ちょっと貯まったので数ヶ月前に発売されたばかりのDX7を購入しました。
これが初めてのシンセサイザーになります。
ただし最初に納品された個体にはピッチが安定しない初期不良があり、即日交換。
(´・ω・`)
交換品は若干製造番号が若くなって「4892」これがそのまま「DX CLUB」の会員番号となるシステムでした。

DX7はDX7IIを買う時手放しましたが、会員証は未だ後生大事に持っていますw
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FM音源の仕組みはいろいろな本で勉強しましたが、最初に読んでとても参考になったのがこれ。
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かなりレアもの。
海外向けのパンフレットですが、FM音源LSI(OPS/EGS)と、そのプロトタイプになったブレッドボード(半導体のラインを作る前に動作検証するためのハードウェア)が載っています。
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DX CLUBの会報「Key On」です。No.4〜9(1〜3欠)
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中にはあんな人やこんな人の若い頃の姿、上京後一緒に仕事をすることになる人、若くして亡くなった方など…( -人-)

20万で最初はBachのトランペットを買おうと思っていたのですが、井上鑑さんのソノシートを聴いて衝撃を受け、DX7にしました。
これで人生狂って変わってしまいました\(^o^)/

ソノシートA面(Youtube)

ソノシートB面(Youtube)

L'instrument électoronique