ちょっと時代は遡ります。
インストラクター末期の頃、昭和63年(1988)にミュージックコンピューターC1なるものが発売されました。
生産完了品 C1(ヤマハ公式サイトから)
QXではなく、CXの進化形ということですね。
基本的にはIBM PC/AT互換機ですが、その中で東芝J3100に最も近いと言われていました。
とは言え、MIDI IN x 2 , MIDI OUT x 8 に加え、コントロールスライダー2基を搭載。
さらにMacなどを意識してマウスが使えるGUIのシーケンスアプリを標準搭載していたんです。
んで、浜松で支店インストラクターの研修やるのでお前行って来いということになりました。
実はこの時初めて浜松に行ったことになります。
X-DAYとかで東京には時々行ってたんですけどね。
当然「こだま」に乗ったんですが、往きに乗車したのが当時登場したばかりの100系新幹線9000番代(先行試作編成)だったのです!\(^o^)/
普通の100系新幹線は2席で一枚窓なのですが、9000番台は1席ごとの小窓なんですよ…
おっと話が逸れた(^_^;)それはさておき
研修会場は中沢の本社ではなく当時浜松駅前にあった「プレスタワー」というビルで行われました。
講師は開発を担当された中田さんという方です…つまり現社長ですね(゚д゚)!
当時はまだ肩書なかったか、あるいは主任だったと記憶しています。
その翌年インストラクターを辞めて上京ということになります…が、翌々年再びヤマハに「戻る」とその情報が回っていたんですね。
当時デジタル楽器の、お客様からのお問い合わせの電話は3Fで受けていたのですが、さすがにコンピュータのことまでは対応しきれないという担当者からの要望で、じゃあC1だけ森山くんに対応して貰おう、ということになったのです。
波形処理業務をやりながらその都度電話対応していたわけですが、使い方等のご質問に関しては無難に対応出来ていたものの、困ったのは周辺機器、特に外付けHDDの互換性に関してのご質問ですね。
何しろ当時は20MByte(誤記ではありません!)でお高い万円の時代。
お客様にしてみれば「授業料」で済まされる金額ではありません。
これはさすがにこちらでは対応できないので、全て浜松本社に報告して確認をしてもらうしかありませんでした。
そのうち波形処理業務も多忙になり、窓口も本社に一本化ということで、程なくこの業務からは外れることになりました。